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メリラン9月号発信。

メリラン9月号が出来ました。これから配達にまわりますので早いところは午後に、遅くても夕方か明日の午前中にはいつものところにありますのでゲットしてちょーだいね。

just singing in the rain♪と思ったら雨はあがったようです。

それでは172回目の配達に行ってきまーす。
いつもの慣れたコースだからと油断しないで気をつけてね、自分。

| オヤジの日記 | 06:40 | comments(0) | - |
断髪したぞーっ。

3.11からずっと髪の毛を切らないという一人約束を守ってきましたが、昨日ついに我慢の限界を迎えてしまいました。
肩まであったのをまずは鋏でざん切り頭にしました。切り落とした量はものすごかったですよ。これがちゃんと全体にあればなぁと思ってしまいました。で、甥がバリカンで刈ってくれてざん切り頭もなんとか見られるようになりました。

あれから一年半も経つというのにますます悪くなっていく感がある福島県です。津波でやられた他の地方もそうなんですが、放射能問題があるので「復興」という掛け声だけでなんら進んでいないのが現状です。
そのかわり他の地域では風化が進んでいるようです。この国に原発事故が起きたことを忘れてしまった人が増えています。それ以前のいろいろな地震や台風のように風化が始まっているように思えます。
自然災害だけだったら何年かすれば元に戻って遠い人の頭の中から風化しても仕方がないのでしょうが、この放射能問題だけはこの先何十年、何百年と被害が続くのですから風化させてはいけないのです。それに福島県に限っての話ではないのですから。

忘れないように髪の毛を伸ばし続けようと思っていたのですが、髪の毛を切っても忘れられるはずがないので…、というのが切った言い訳です。

原発問題は放射能が消える何十万年のうちの一年半が過ぎただけなのだという現実をしっかりと見つめたいと思います。

| オヤジの日記 | 07:01 | comments(0) | - |
Good Samaritan。



「善きサマリア人」について興味をひかれたのでネットで調べてみました。

wikipediaでは次のように述べています。

『ユダヤ人の律法学者が同じくユダヤ人であるナザレのイエスに永遠の生命のために何をすべきかを問いかけた際、イエスが逆に律法にはどうあるかと尋ね返した。律法学者が答えた内容(神への愛と隣人への愛)に対しイエスが「正しい、その通りにせよ、そうすれば生きる」と答えると、さらに律法学者が「では隣人とは誰か」と重ねて尋ねた。これに対し、イエスは以下のたとえ話をした。
ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。祭司、レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。
このたとえ話の後、律法学者に対してイエスは、このたとえ話で誰が怪我人の隣人であるかを律法学者に問い、律法学者が「助けた人(サマリア人)である」と答えると、「行って同じようにしなさい」とイエスは言った。』

「隣人を愛せよ」は今の時代ではみんなが思っていることなのでしょうが、誰が隣人なのかという問題が残っています。教条主義一辺倒では、自分の認める人以外は隣人でないという差別的な考えが今も残っているからです。

私の嫌いな言葉に「ならぬことはならぬ」と言うのがあります。おいおいっそれは正しいんじゃないの、と言う人も多いでしょうが、実はこの教条主義で言われているような気がしてお題目として唱えているだけでなにひとつ実践していない感があるからです。
武士社会でのこの言葉は武士だけのためにあったものです。それが民のためだったなら切り捨てご免などの身分制度はなかったのです。ならぬことはならぬなら、きつい年貢を取り立てサムライだけが白い米を食べて農民は雑穀を食べていたことにはならないはずです。サムライの隣人はサムライだけであって農工商の民は人でさえなかったのです。その時代背景を思うと、この「ならぬことはならぬ」は今の子どもたちに押しつけたくないのです。

昨日、JR日本が蒸気機関車を郡山から走らせて福島を応援しているのをネットで見ました。涙が止まりませんでした。その涙のわけは、沿線で手をふっている人たちの何人かが放射能のせいで健康被害が出るとわかっているからです。もし原発事故がなく地震津波だけだったら喜んでこの応援を見られたことでしょう。でも現実は違います。
復興もいいのですが、それよりも子どもたちの健康を守りたいものです。

| オヤジの日記 | 06:38 | comments(0) | - |
ジョン・マンよ。



知人からメールをいただきました。万次郎の熱烈な支持者だということで先日書いた津本陽著「椿と花水木」の中に事実と違う点を指摘してきたのです。アメリカに渡った万次郎がアメリカ女性と結婚したかどうかはわかりませんが、一応は小説だと思って読ませていただきました。

下巻になって帰国した彼が厳しい身分制度に虐められていたのには驚きでした。それまでの助けてくれたホイットフィールド船長の博愛主義の心に感動していたのにくらべ、この国のサムライたちの汚さに辟易してしまったのです。

彼は次のメールでこう書いています。
「万次郎は、出自が漁師であるため、身分制度の厳しい幕末にあっては、武士に取り立てられたものの、階級の壁により、本当の活躍(日米通商条約の通訳)はできませんでした。もし通訳ができたとすれば、不平等条約にはならなかったのでは、と思っています。」

サムライの身分制度の枠を打ち砕くことは出来なかったんでしょうね。いくら自由の国と言っても奴隷がいた頃のアメリカでもやはり嫌な思いはしていたようですからね。

私はサムライ嫌いなんですが、とりわけこの身分制度が大嫌いです。能なしで努力もしない阿呆者がこの身分制度で偉そうにしているのが嫌なんです。
今でも似たような阿呆者が見られますなぁ。それも政治屋や官僚などといった、この国の舵取りをしている人たちですから開いた口がふさがりません。

「善きサマリア人」、勉強してみます。

さてスクールバスがやってくる時間になりました。
今日も元気な子どもたちと運転手さんに挨拶してきましょう。

| オヤジの日記 | 07:08 | comments(0) | - |
クマっちゃうなー♪。



ある日、森の中、クマさんに出会った♪ なんて歌ってる場合じゃありません。
隣の集落であまりに熊の被害がひどいので捕獲用の檻を設置したのですが、今朝になって捕獲されたと聞いて行ってみました。

そんなわけで今朝の更新が遅れました。
早起きジイジはまだかまだかと想っていたでしょうなぁ。


友人宅のすぐ真裏に設置した檻に入っていましたね。近づくと立ち上がって威嚇して怖いので、檻に入っているのはわかるんですが怖くて近づけません。普段PiPiをびびり犬と呼んでいる飼い主もへたれなんですよ。
かなり大きくて、こんなのに山で出会い頭に襲ってきたらひとたまりもありませんね。どうか会わないように除けていってくださいよ。

山奥で暮らしていればいいんですが、山も人間様の手が入って住みづらくなったのでしょう。
捕獲したこの熊は、山へ返すのは駄目、放射能が心配だから人の口に入るのも駄目、結局土に埋められてしまうそうです。
うまく共存できればいいんですが、この狭い国土じゃ難しいですね。

毎朝7:30にやってくるスクールバスが今日から再開しました。
やっと久々に子どもたちの笑顔が見られると喜んでシャッターを切りました。

また元気に勉強に励んでね。

| オヤジの日記 | 07:50 | comments(0) | - |
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